2017年10月30日月曜日

カウンセリングでグズグズしてた話


前回の体調記録のオマケのような話。
カウンセリングを受けているのですが、最近そこで話していることについて書きます。

タイトルの通りな内容なので、見たくない人はここまで。
長いし。

あと、これから書くことは他の人がどうこうという話ではないです。
一切。






人との付き合い方に迷って、

「人の悪口含め、余計なことは言わない」
「"嫌い"じゃなくて"苦手"や"好きじゃない"と言う」
「"嫌い"にならないように、必要以上に人に近づかない」

を意識的に徹底的に実行していた時期があった。

今も徹底しているわけではないけれど、その傾向は強く刷り込まれているらしい。


「人の悪口含め、余計なことは言わない」なかで、「怒る」ということに意味を感じなくなる。
自分のなかで理由をつけて飲み込み、表に出さなくなる。

「"嫌い"じゃなくて"苦手"や"好きじゃない"と言う」が、次第に「"嫌い"と思わず"苦手"や"好きじゃない"と思う」に変換される。
自分の中で持っているぶんにいは問題がないはずの「嫌い」を否定するようになる。


それが続いて、自分の中の強い「嫌い」という感情を、徹底的に拒否するようになる。
強く「怒る」ということへの拒否にもつながっていく。


強い「嫌」「怒」という感情を持って表に出ようとする自分を【A】とする。
【A】が表に出る前に裏に押し込む自分を【B】とする。
実際に私が「私」と思っているのは【B】。

【A】と【B】はが完全分離とまではいかないものの、統率が取れすぎているらしい。
ひどいと私が意識する前に、【B】は【A】を押し込んでいる。


具体的に数字を出すと、

人に対して怒ることは年に1,2回。
それを本人に向かって表すことは数年に1度。

一時的に「この人の"ここ"は嫌い」と思うことは年に2,3回。
継続的に嫌いと思い続けている人は、今まで生きてて1人。

ライトなものを面白く流してるのは良い。

ただ、他の誰かに対して怒って良かったはずの出来事に対して私が抱く感情は、ひたすら「悲しい」。
それすら、強い感情の矛先は自分に向いている。

仮に【A】が派手に飛び出て誰かに対してダイレクトに怒ってしまうと、驚いて、ひどく悲しくなる。

毎回毎回、怒れば良いのに悲しくなって、泣いて済ませている。


自覚しているのは、【A】を表に出てきてはいけないもの、悪いもの、酷く汚いものと思っている。


自分以外の人が愚痴を躊躇しているときは、「それはゴミだね」「いいじゃん私しかいないし」って平気で促すのに、面倒な話。

側だけ見れば優しいのかもしれない。
実際は、過剰な防衛のつもりで不必要に苦しんでいるだけ。


今カウンセリングで話しているのは、この【A】を(もちろん【B】含め)自分と認められるようになろう、ということ。

【A】の中で積みあがっているものを全部紐解かなくても良い。
ただ「今【A】がどういう状態なのか、何色なのか」を観察できるようになること。

とりあえずは【A】が自分のなかで現れたとき、無理に「どう嫌なの?」とか会話しなくて良いから、「こんにちは」「引っ込んでください」と挨拶だけでもすること。

そこから、【A】の言い分と【B】の言い分を聞いたうえで、何をアウトプットするかを決められるようになること。

(「余計なこと」は許されるギリギリのラインを見極めて言ってしまえば良い。)
(口に出さないにしても「くたばれ」って思うのは自由。)


【A】は、普通に存在して良いもの、らしいです。


最初は「【A】と向き合わなければならない」と思うだけで何もしていないのに泣いてしまって、実際それで1週間以上どうしようもなくなっていた。
自分が思っているよりも、【A】は目を背けたい存在だったらしい。

ただ、最初に書いた「人との付き合い方に迷っ」たときの話をカウンセラーにして以来、だいぶ気持ちが安定している。
(「よく言った」って言われた。よく分からない。)


本格的で具体的な話はこれから。
一旦整理した、というだけの投稿でした。

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