2016年10月28日金曜日

断捨離癖と収集癖は共存する


断捨離はできるけれど、ミニマリストにはなれないなーって話。


断捨離癖がある


引越しとかじゃなくても、1ヶ月くらいで物を一気に断捨離して「祭」状態になったことが何度かあって。

あっさり大物も犠牲になる。
写真は直近に排出された粗大ゴミです。
一番大きかったのは、設備の充実した家(要は引越した)。

大物はターゲットにしたその日に業者を手配。
書類はほぼ捨てる。
衣類は大きい袋に5袋くらい一気に古着屋に持って行く。

その他細かいものも含めて「要or不要」「好きor好きじゃない」くらいの基準でポイポイゴミ袋に放り込む。

「祭」になるときってハイだって最近気付いた。


生活のハードルを下げたい


断捨離するハッキリした理由は「生活のハードルを下げたい」だけ。

私は家事が好きじゃない。
元気な時も面倒がって最低限しかやらない。
鬱っぽくなると「やらない」が「できない」になる。

物が少なければ、使う物を適当に転がしておいたって散らかり方はしれてるし、片付けも楽。

芋蔓で掃除のハードルが下がる。
さらに芋蔓で他の家事をする余裕ができる。

これが、物が増えると圧倒的に家が惨状になりやすくなる(複数回経験済)
出したものすぐに片付けないのがいけないんだけど。

生活に関心が無いから、なるべくハードルを下げたい。
ハードルが下がるまで捨てるって発想に至った。


「祭」でハイになってるときは捨てること自体が気持ち良くなって目的を見失ってるけどね。

少なくとも、「お気に入りのモノだけに囲まれて無駄なく丁寧に生きる」みたいなミニマリストの素敵な発想は欠片もない。


でも収集癖はある


そもそも収集癖がなかったらネコニピアスネコニオモチャは存在しない。

あとは高校生ぐらいからちょこちょこ買い続けているCDを、今でも1枚も手放さずにいる。

ガジェットへの好奇心と所有欲は止まらない。

これらをミニマリストの思想に乗っ取って断捨離するという発想にはならない。

長く使っているものも沢山あるし、物への愛着も執着もある方だと思います。

リトルカブをついに手放しました。 購入したのは学生の頃 だから3年くらい前。 そこから半年くらいはゴリゴリ乗ってて手放すなんて想像できなかった。 バイトに行くのに毎日大活躍だったし、 10日くらいカブで長距離走行旅行 もした。
catscatnip.blogspot.jp

断捨離癖と収集癖は共存できる


収集癖の発揮どころのせいで生活のハードルが上がっているかというと、僅かに上がっているだけだと思ってる。
好きな物に対してだから贔屓目になっているし、ハードルが全く上がらないとは言わないけど、物量に比べたら全然上がってないはず。

なんでかというと、増えた物の置き場所が決まっているから。

ピアスだったらケースの中。
ソフビだったら机の上。
CDだったら衣装ケースか棚の中。
(ガジェットは適当に転がしとく枠)

それぞれまだ余裕があるから、何も考えずに配置して、ほぼホコリを溜めずに維持できている。
だから、生活のハードルへの影響が少ない。

そもそも置き場所を確保できているのは、他の物が少ないから。


「そこか?」ってところでバランスとってる。

よく聞く「断捨離して幸運が舞い込んできた」とかいうのは個人的には眉唾。

ただ、生活のハードルを下げることと、収集癖を解放することの両方に、断捨離が一役買っているのは事実だと思います。


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